ギフト向けの吹き出物
「薬よりは安全で信用できる」という思い込みが、どうも健康食品の購買意欲をそそってサプリメントはマスコミと直結しやすいために、批判にさらされる可能性が低い。
サプリメントを製造販売する会社は、テレビ番組のスポンサーになったり、雑誌にも広告を出すので、サプリメントを批判的に書くメディアは減ってしまう。
医者が使う医薬品は逆に広告規制があって、テレビや一般向け雑誌では薬の具体的な商品名を出すことができず、製薬会社のイメージ広告しかできない。
テレビ番組と一体化してしまうと、番組を見ている側は、信じたいという願望のもとにテレビの健康食品情報を見るので、内容を批判的に見ることは少ない。
前述したように、サプリメントは「情報食品」としてその効果が晴一伝され、その名前が一気に知られてしまうと、消費者は非常に無批判になってしまう。
そんな危険をサプリメントは常に持っていることを知らねばならない。
いるようだ。
行政の規制だけでは、これは難しい問題である。
自然なものを求めるのは、人間の心理でもあるので、規制だけでは、安全なものを摂ることが非常に難しい。
あるサプリメントを研究するといっても、その効果がどれくらいあるかを研究して発表することはあっても、批判的な角度から効果を検証するようなネガティブな研究発表がなされることはない。
したがって、一般の消費者には、「負」の情報はまったく伝わらず、有効なサプリメントとしてしか知られないことも多い。
医薬品以上に研究のバイアス(効果があることを信じて研究してしまう)がかかる危険が常にあるのだ。
公正性を欠いていれば、そこには科学的な視点がはいるスキはなく、信じる者だけがそのサプリメントに群がるという現象が起きてしまう。
厚生労働省は、医療費を増やされるより、サプリメントなどを使って、病気が予防できればいいと考えるだろうから、規制をかけるような法律をつくる方向へは、健康食品によるなんらかの健康被害がでないとなかなか動こうとはしないだろう。
日本国内で販売されている医薬品は、日本の薬事法にもとづいて有効性や安全性が確保されている。
メーカーや厚生労働省が保証しているようなものである。
しかし、個人輸入品については、国内業者による有効性や安全性の保証がない。
あくまでも個人の責任において輸入することになる。
そのためにいくつかのトラブルが起きている。
二○○二年の夏に、中国製の健康食品による健康被害が多発した。
その多くは、個人輸入により入手した製品が原因となっている。
商品の表示や広告に記載されていなくても、医薬品の成分を含有する場合があり、それが大きな問題である。
「サプリメント」として個人輸入される、医薬品と同じような効果のあるものが使われてしまうことがある。
エフェドラ(マオウ)、エフェドリン、センナ葉、センノシド、DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)、メラトニンなどである。
成分チェックがされていないので、箱に書かれた内容を信じるしかないが、こういった医薬品の規制が十分にできないのも、大きな問題であろう。
インターネットによって、情報が先行し、日本には他に薬がなく海外で新薬が使用されていれば、使用したいと思うのは当然である。
だが、日本人による臨床試験が終わっている。
インターネットでの輸入医薬品や健康食品は、買う側は実に暖昧な知識のままで、購入し使っていくところに危険がある。
「からだにいい」というイメージを鵜呑みにして、安全性を信じることはもっとも危険であるが、そういった行動を取るのも、人間の本質であるように思う。
医者がいくら説明しても、友人や子供たちが。
「これがいま評判になっている健康食品だよ」と言われれば、信じてしまうのも人間である。
すべての人が科学的な根拠にもとづき行動をするわけではない。
人間関係や義理などを優先して選択をする人も少なからず存在する。
そういうことを折り込んで考えてみると、医学が科学である必要もないことがわかってないまま使用することになり、その有効性や副作用が問題になってくる。
結局、自己責任ということになってしまう、日本の医療の隙間をついてくる意外な問題である。
西洋医学は万全ではない。
主治医から「現代の医学では治療法がない」と言われることもある。
そういうとき、患者はどこかに救いを求める。
その受け皿が代替医療といってもいい。
そのなかには非常に多くのものが含まれ、まったくインチキなものから、伝統的な医学まで、非常に雑多なものである。
しかも、その有効性を科学的に証明することが非常に難しい。
なぜなら、それら代替医療は医学的な考え方や方法論がまったく異なるため、統計学的な比較を行うこと自体にまったく意味がないことになっているからである。
代替医療には鍍灸、アーユルベーダ医学、カイロプラクティック、ホリスティック医学、ホメオ。
ハシー、アロマテラピーなど数多くのものが含まれる。
アメリカ医師会がガイドする「代替療法の医学的証拠」によれば、多くが科学的根拠に欠けるとしている。
くつに私はここで、これらの治療法に効果があるかどうかを問題にしたいのではない。
私が考えたいのは、代替医療を患者が求める心理がどこにあるのだろうかということだ。
患者は、自分が受けている治療法をインチキなものだと思うことはない。
信用できる友人が教えてくれたことであったり、子供がいいと言って勧めてくれたことであったりするので、批判的に見ることや、不満を言うことができないことが多いのだ。
自分はインチキな治療法などにだまされないと思いこんでいるために、批判的な視点が持てないひとが、どうしても代替医療に流れていきやすいのが現状ではないだろうか。
むしろ、医者のやることにいつも批判的な姿勢をとる人であれば、代替医療のいくつかにある種のあやしさを感じ取り、代替医療の治療法をすべて鵜呑みにするようなこともないであろう。
また医者とのトラブルや、一度医者からひどい治療を受けることで、西洋医学を批判的に見るようになった人が、代替医療に流れやすいのではないだろうか。
代替医療の効き目がたとえプラシーポ効果だとしても、その効果を患者が信じられるなら、信用がおけない医者から薬をもらって「こんな薬は効かない」と思っているよりは、まだメリットがあるかもしれない。
代替医療は、西洋医学が失っているものを確かに持っている。
それを患者が求めているのも事実である。
そこに科学的という視点だけでは理解できない患者の心理がある。
代替医療に関するもうひとつの問題点は、さまざまな治療法を科学的に分析する研究機関が、日本には存在しないということだ。
ネガティブな結果をだすことを、研究者は好まないので、ある治療が有効ではないという研究に莫大な研究費をかけることはほとんどあり得ないからである。
だからいつまで経っても、科学的なメスが入りにくいのが、代替医療でもある。
患者が民間療法や霊といったものを信じる理由は、結局いまの医学では、病気や患者というものを説明しきれないからである。
科学的に不十分だからというのではなく、むしろそういった広く病気や患者を受けいれる姿は人間の行動として自然なのである。
